インド映画「ピザ!」貧富の格差と偏見について

評価が高かったので何気なく観た映画。あら、これは拾い物。おすすめしますよ。

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あらすじ

インド南東部のタミルナドゥ州、チェンナイのスラムの向かいの空き地は、子供たちの遊び場。主人公の兄弟は、空き地の木に巣を作ったカラスの卵(英語題Crow’s Egg)を生で食べるのを楽しみにしている。ところがその空き地がある日突然、地元政治家のコネを持つ企業に買い上げられ、お金持ち向けのピザ屋が立った。スラムの子供たちにとっては、1日10ルピー稼いでも、1ヶ月働いてやっと1枚食べられるくらいの高嶺の花。

主人公の兄弟は、貨物列車からこぼれ落ちる石炭のかけらを集める仕事をするなどして、やっとのことでお金を貯める。しかしお金を持ってピザ屋に行っても、きている服がみすぼらしいから追い払われるのだった。

以下ネタバレ

そこでシティセンターに行って新しい服を買って出直す。なんとかピザにありつけて、一家幸せに暮らす…という話かと思いきや、中盤で驚きの展開。新しい服を着て、お金も持って行ったのに、スラムから来た子供であることを見て暴力を振るった店長の様子が動画で拡散し、あれよあれよというまに、雪だるま式に一大事に。

結局、最後にピザ屋からいつでもきていいよと言われてありついたピザを食べて一言。「ドーサの方が美味しい

政治家は人気取りに走り、街のチンピラは動画を利用してピザ屋をゆすって小銭を稼ごうとし、TV局は一大スクープと騒ぎ立て、ピザ屋の親会社はことを穏便に済まそうと取り計らう。獄中の父親は何をすることもできず、全く無力。それぞれの立場に応じた反応がどれも人間臭い。

そんな中でも、ひたすら子供のことだけを心配しているお母さんが素敵。お母さん役の女優(後述)、今後キャリアを重ねていくにつれて、表情の変化とか、もっと自然にできればと期待したい。

写真を見よう見真似で、ドーサでなんちゃってピザを作るおばあちゃん(お母さんの義母)がかわいい。それなのに、こんなのピザじゃない!といって孫たちに食べてもらえずかわいそう。しかも唐突におばあちゃんは亡くなってしまう。おばあちゃんに心ない言葉を浴びせてしまう主人公の2人、ちゃんとお墓の前で謝っておいてね。「ドーサの方が美味しい」とまで言ったんだから。

ピザの代わりに得たものとは?

求めていた即物的な対象――それはピザだったり賞金だったり宝物だったりする――が実は大したことはなかったけど、その過程で得られたものの方が大きかった、というのは一つのパターンである。ではこの兄弟は何を得たのだろう?もちろんピザの終身サブスクではない。兄弟の友情、母親の愛情、お金を稼ぐことの大変さや大人たちの世界の光と影に対する理解。

そしてそれ以上に、映画のテーマでもある、インド地方大都市にも広がる貧富の格差である。ピザ屋が兄弟を招待するという最後のオチは想定内だったけど、ピザ屋がことを穏便に済まそうとしたパフォーマンスであって(TVリポーターのご指摘)、ピザ屋がこの兄弟を愛しているわけでもないし、スラムの子供たちみんなを招待しているわけでもない(低価格帯の商品も出すと言ってたけど)。他の客たちは来なくなるかもしれない。

それ以上に、ピザ屋や富裕層がスラムの子供たちに向ける目は何も変わっていないだろう。絶望的なまでの格差は、経済だけでなく尊厳にも及ぶ。店長のひどい態度と暴行は、児童虐待はいけないという論点にすり替わって「解決」してしまったが、階級を越えたリスペクトに向けた真の解決ではない。こうしてみるとPCやSDGsなど表面的なお題目には、良い点も悪い点もある。

貧困とどう向き合うべきか

もちろん子供たちは、屈託ない笑顔を見せてくれるし、大人たちの心配をよそに元気に育つ。でも結局この子たちは、大人になってもにんじんシチューおじさんが関の山だろう。それでも幸せ、と言い切れるだろうか?この兄弟がピザ屋にいることが特別であればあるほど、現状は厳しいことを示唆する。

ちょっと別の見方もある。母親役のAishwaryaがTEDxでプレゼンしていたが、子供の時に父と2人の兄を亡くしており、自分でキャリアを切り開いてきたようだ。この映画の舞台チェンナイ出身だが、スラムの生まれではなく、中流の下のほう、と言っていた。

この映画の出演のためにスラムを訪れたとき、狭い空間の中で大人数が寝食を共にし、同じ空間で洗濯もトイレもする、それでもその家のお母さんは幸せそうで、感銘を受けたそうだ。

スラムの子どもたちは不幸だから救わねばならない、それこそが見る側の勝手な偏見でもあり、でも一方で貧困は解消しなければならない、そういう難しさも感じた。本人に聞いたら幸せだよと言った(=主観的ウェルビーイング)からと言って、そのままにもできないのはアマルティア・センが言う通り。しかし、かと言ってこちらの勝手な思い込みでいろいろ支援するのも独善。カーストや経済格差以上に、リスペクトや尊厳の格差を自分から作らないようにしよう。そんなメッセージにも感じた。


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