キャッシュカードと銀行の役割

こないだ自転車の車輪にカバンが巻き込まれてしまい、大ごとにならずにほっとしたけど、財布も挟まってしまった。で、ほとんど害はなかったけど、久々に取り出したキャッシュカードが割れてたので、再発行手続きに行って、思っていたより手間がかかってしまった。

カードの物理的な耐久性ってどれくらいなのだろう?今回のようなショックがなければもっと持ったはず。

よくよく考えてみたらこのカードは20年以上前に、アルバイト給料の振り込みのために1,000円で銀行口座を開設して以来のものだった!

当時は、アルバイト給料ですか?と係のおじさんに聞かれて、「はいそうです」(少額ですみませんねぇ)という内心だったが、それ以来のロイヤルぶりを考えると、悪くない顧客でしたね、おじさん。という感じです。でも当時よりはだいぶ銀行の立ち位置も変わってしまって、欧米では口座維持手数料がかかるくらいだから、必ずしも優良顧客ではないのかな。

そうこう考えていると、銀行業の本質って何なんだろうと考えざるを得ない。今は低金利なので、文字通り財布代わりのような存在になってしまっている。でもこれは銀行が金利をつけてくれないからと言って非難されるべきとも限らない。強いて言えば、「銀行はもっと有望なプロジェクトに融資して稼ぐべき」というのが正論ではある。また、中央銀行が多少なりとも操作できる金利は、無担保コール翌日物という極めて限られた銀行間金利だけだ。欧米や日本のような先進国では、少なくとも表面的には有望なプロジェクトが少なくなり、平均的な収益率が下がってきているから、銀行や金融政策だけを責めることはできない。

金融に限らずに言えば、タイラー・コーエンやロバート・ゴードンらの供給サイドによる長期停滞論に加え、資金需給を均衡させる均衡利子率が下がっているというローレンス・サマーズが収益率の低下の見方と整合的ではある。でも、本当に収益率は下がっているという証拠はない。

そんな時代に銀行は何をすべきか…フツーの日本人が期待する通常業務を粛々と続けつつ、他方では、有望な事業がない、収益率が下がっている、などとあきらめずに、意外なところでニーズを発見して有望なプロジェクトに投融資するチャレンジをあきらめないようにしよう。世の中から課題や問題がなくらないのは残念かもしれないが、それは何らかのニーズは常にあるということを意味しているのだから。