メタボリズムの未来都市展──戦後日本・今甦る復興の夢とビジョン

メタボリズムの未来都市展──戦後日本・今甦る復興の夢とビジョン

メタボリズムの未来都市展──戦後日本・今甦る復興の夢とビジョン

2011年に森美術館で開催された展覧会のカタログである。過去の人が想像した未来を見るのがとても楽しくて2回見に行ったほどだ。また「実現せず」「現存せず」といった作品の設計図や在りし日の姿を見るのも、はかなさは感じるが、コンセプトは生き続けるというパワーを感じるし、「ありえたかもしれない世界」を見ていると、実現しなかったからこそ貴重なものという特別感もわいてくるものだ。

破壊と生成

本展は、奇しくも東日本大震災後の開催となり、多くの人が復興後の都市空間のあり方という視点で展示に臨むこととなった。実際、丹下健三によるマケドニア首都の震災復興、黒川紀章による伊勢湾台風の農村復興計画など、基本的にメタボリズムは戦災からの復興であったのだ。また磯崎新は、原爆投下後の焦土と化した広島の映像に未来都市の姿を重ね合わせた「電気的迷宮」について、都市とはそもそも災害や戦争によって破壊と生成を繰り返す存在であると提起した。

東日本大震災後、災害に強いまちづくり、強靭な国土計画、レジリエントな経済といったキーワードが乱舞するようになった(ここ2,3年は人口減少と地方創生の陰に隠れているが)。災害に強い建築というと、素人的には、被災してもびくともしないような強さを追求するという発想になりがちである。が、むしろ破壊されることを前提にするからこそ、建築をモジュール化することで、再度被災したとしても全体が消えるのでなくて部分的な破壊に留めることができ、残された遺伝子から都市が再生していくことができるのだ。防災ではなく減災、緩和ではなく適応の発想に近いかもしれない。

あまり安易なアナロジーは避けるべきだが、破壊と生成を前提にした建築というと、式年遷宮を思い出さずにはいられない。ちなみに、たとえば2015年に式年遷宮を迎えた京都の下鴨神社は、国宝や重要文化財を壊すわけにはいかないため、式年遷宮では修理や色の塗り替え程度しか手を加えないという。

一見、破壊されるのが前提で都市を作るというと、過度に悲観的にも感じる。でも――よく言われるようにこれが日本的な美的感覚なのかどうかはわからないけれど――永遠に続くものはないという感覚は、長期的に見れば現実的だ。持続可能な発展というと、いつまでも続くもの、変わらぬものを安易に想定しがちだ。が、人類や地球だって無限の将来までは続かないのだし、すべてのものを変わらず残すことは、減耗とメンテナンスがあったとしても物理的に不可能なだけでなく、ひょっとすると望ましくさえないのかもしれない。近年の持続可能な発展のテーゼ自体が間違っているとは思わないが、それを解釈する際に注意を要するものである。

伝統を生かす

1962年磯崎新設計の空中都市は、市街地が都市化により制御不能に陥っている現実に対し、東大寺南大門に想を得、空中から水平方向に延びていく逆三角形型の構造を提案した。また大谷幸夫の麹町計画は、近世の職住近接の町屋とその通りを現代に再現するものであった。関西の代表的なモダニズム建築とされる京都国際会館も、合掌造りや神社建築をほうふつとさせる。このように、日本の伝統文化を活かしつつ、増殖するイメージを持たせるのがメタボリズムの真骨頂であった。伝統を生かすというのも、やはり残された遺伝子から都市が再生するイメージだ。

水平方向に延びていく

大阪万博では、水平に空間が増殖していくスペース・フレームを丹下健三らが組み立てた。これは、ル・コルビジェの「パリの未来」を想起させるし、仙台駅前の歩道橋の連鎖などはそれに近いように思える。また槇文彦は、建築同士をつなぎ連結する空間が魅力的な都市を形成するという「リンケージ」理論を導入した。これは県庁所在地駅前の遊歩道や大学キャンパスに見られ、雨のときは便利だなぁと感じるが、確かにそれ以上の魅力形成につながっているように思われる。このように面か線かという違いはあるが、水平方向のつながりは、都市に新たな魅力を作り出している。

磯崎新の空中都市にも共通し、メタボリズムの一大特徴である、水平方向に延びていくという発想は、都市の魅力というだけでなく、現実的な問題への回答だったのかもしれない。『アメリカ大都市の死と生』解説で明快に指摘されているように、1950年代の欧米の都市は、インナーシティのスラムの荒廃により人々の郊外への脱出に歯止めがかからない状況にあった。日本の都市においてもスラム化して人が郊外に逃げ出す事態になっていたかどうかはさておいて、いずれにしても人口増加と郊外への人口流出という二つの問題に対する回答だったのだろう。現代の都市は、水平方向ではなく主に垂直方向に延びていくことで、すなわちビルの高層化と高密度化によって、この問題を解決した。

環状の空間を結ぶ

黒川紀章磯崎新による鄭州市都市計画は、放射線状から環状の都市への移行を提案したものであり、二つの環状都市を結ぶ構造となっている。なぜこれが共生の思想とつながるのか。人為的に自然環境を作り出すことで環境とも共生し、省エネをビルトインするということのようだ。でもそれだけだとちょっと安易な印象も受ける。

むしろこの形状そのものにヒントがあるように思う。音楽フェスティバルの会場間を移動しているときは、何となく安心感と高揚感がある。それと同じように、職場や学校や自宅のように、自分の場があるけれど、どれか一か所に留まるのではなく、その間を自由に往来できて、移動する間にもいろんなアイデアが生まれたり、なじみの人と出会ったりできるという構造である。また帰宅時には、放射線状に、どんどん人口密度が減っていく中をとぼとぼと家路につくわけではなく、集積地から次の集積地に向かうのである。と、ここまで書いて気付いたが、円環状の都市圏が増殖していくイメージは、エベネザー・ハワードの明日の田園都市そのものではないか。

では、メタボリズムの概念は、今後の日本の建築ニーズに沿うものであろうか。これまで述べてきた、破壊と生成を前提にする、伝統文化から学ぶという発想は、これからの日本の建築にも刺激を与え続けるだろう。世界的には、人口は安定に向かいつつも都市人口は増え続けるため、水平方向に延びていくコンセプトの重要性も減じることはないだろう。また人口減少と高齢化による都市のダウンサイジングという視点に立っても、モジュール化された建築は柔軟にニーズに応じて変化することが可能だろう。実際、ペルー低所得者層集合住宅コンペティションでは、すべての案を実現し、住民が評価するという画期的な提案を日本チームが行ったという。ニーズに合わせて改築が行われ、リアルタイムで住民のウェルビーイングにフィードバックが行われるという考え方である。

メタボリズム進化経済学

メタボリズムというと、産業メタボリズムという考え方があった(今もあるけど、むしろ産業エコロジーと呼ばれるようになってきた)。エネルギーやバージン資源を用いて最上流の原料が加工されて、モノが作られ、それが企業や消費者の手により利活用され、廃棄され、再利用されたり焼却されたりして、次なるモノづくりの原料となるまでのサイクルを、生物が新陳代謝するサイクルになぞらえて産業メタボリズムという。今風にメタボリズム運動が再興されたら、産業メタボリズムよろしく、きっと廃棄後のサイクルまで含めたアイデアがどんどん出てくるだろう。

またメタボリズムは、やはり生物学とのアナロジーを重視する進化経済学とも親和性が高いように思う。主流派経済学が市場の予定調和的均衡を重視するのに対し、進化経済学では、エージェント間の異質性、模倣、相互作用、レプリケーター動学、突然変異とイノベーションといった経済の側面が重視される。この見方からすると、自然を人工資本で代替するか否かという議論は浅く見える。魅力的な都市とは、自然・人工資本を組み合わせたものであることを我々は経験的に知っているし、メタボリズム運動が実践したように、自然のみならず人工資本そのものも、メタボリズム的に進化していくことが可能なのである。